🐘たびっこ動物🐅

毎月プチ旅行

灰色の雀 #2

 

お盆に田舎に帰ったのは久しぶりだった。僕を一番可愛がってくれた祖父に会うためだ。4年前に難病指定されて施設に入った祖父は、今年で90歳になる。施設の入り口で面会の用紙を書き、祖父が欲しがっているらしいのど飴を持って、広いエレベーターで三階へ上がる。お昼時に来てしまったようで、祖父は広い食堂で1人テレビを見ながら、背中を丸めてご飯を食べていた。

「来たよ」と挨拶をすると「おぉ、」と言って箸を置き、ゆっくり立ち上がった。もういらないという合図か、施設の人に向かって手をあげ、その手を歩行器にかけた。僕が幼稚園の時は、よく自転車の後ろに乗せてもらい、近所のスーパーまで買い物に行った。長い上り坂を勢いよく登った祖父は、今に止まってしまうのではないか、というスピードで歩いている。僕は祖父から伸びる酸素吸入のチューブがどこかに引っかからないか注意しながら後に続いた。

祖父は1人部屋だった。酸素吸入の大きな機械が部屋を占領していた。趣味だった書道の道具や水彩画のパレットはうっすらほこりをかぶっていた。枕元には戦争を題材にした小説と家族が買ってきたのだろうのど飴、虫めがねとキャンパスノートが無造作に置いてある。何かやりたいのに気力がないことがにじみ出た部屋だ。祖父は何を思って退屈な日を過ごすのだろう。毎日同じ時間に起き、同じ時間に食事をし、チューブの届く範囲しか動けず、鼻カニュラから吸う酸素と薬がないと命が続かない。自分がこうなっても生きたいと思うのだろうか。誰も来ないひとりぼっちの毎日を、過去に浸るだけの進まない未来を、辛く思うことはないのだろうか。大金をかけて入った施設で話し相手も楽しむ趣味もない場所で、早く死にたいと思うことはないのだろうか。帰り際に「100歳まで頑張って」と言うと「そうだな」と皺々になって微笑んだ。

都内に戻り、忙しく仕事をしていたある日、地元の友人と飲むことになった。職場の最寄りから1駅、出口で友人2人と合流し、予約してある店へ歩き出した。地元には帰ったか、と会話をしながら、僕は店までの地図をスマホで見ていた。画面に目を落とした時、道にうずくまっている女がいた。近づいていくとうずくまっているのではなかった。木の棒で死んだすずめを転がしていたのだ。僕はその女が気になった。誰も見向きもしないすずめを土に埋めてあげようとしている優しい女、と思ったからではない。泣きながら死んだすずめを転がしている姿が、異様だったからだ。

僕は交差点で女の方を振り返った。女はしばらく空を見上げて、すずめの方に目を落としてから、すっと立ち上がり帰っていった。

飲み終わった帰り道、酒に強い体質の僕はそれほど酔っていなかった。久しぶりの飲み会で無意識にセーブしていたのかもしれない。駅まで友人と歩いたが、忘れ物をしたとすずめの場所まで1人で戻った。死んだすずめの後ろにアイスの棒が突き刺さっていた。すずめは半分目を開けて、自分が死んだとは思っていずに動き出しそうだった。すずめほどの小さな脳なら、何故死んだのかわからないだろう。本能のままにただ生きて、わけもわからず死んだのだろう。人間が老化とともに脳が萎縮するのは、死をわからなくさせる無意識の安楽死なのかもしれないと思った。考える力は自分を追い詰めもするのだ。

辺りを見渡しても花らしきものはなかったので、居酒屋でもらった飴をすずめの前に置いた。死んだものを前にすると何もお供えしないことに気が引けたのだ。誰もいなくなったのを見計らって手も合わせた。天国で幸せに、とありきたりなセリフに、なぜか少し気が引けた。

 

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