たびっこ動物

ナスを育てています。

Suicaを拾えばメガネ屋が儲かる

先日、恋に落ちる瞬間を見た。

 

私が駅に向かって歩いていると、前から上京したてのようなあどけないオーラをまとった真面目そうな男性が歩いてきた。青と白の細かいチェックシャツに、黒い細身のパンツを履いた黒髪メガネの細い男性だ。JINSの店員のようなスタイルだなと思った。

 

そこに後ろから「Suica落としましたよ!」とお姉さんが話しかけてきた。お姉さんは目が悪い私が遠くから見てもわかるぐらい美人だった。モンブラン色の巻き髪でクリーム色のブラウスにタイトスカートを履いて、いい匂いがしそうなOL風のお姉さん。育ちの良さそうなアクのない笑顔でJINSにSuicaを渡していた。

 

お姉さんはこれから仕事に行くのか両腕にいっぱい荷物を持ってた。なのにJINSのSuicaを拾って小走りで追いかけてきたのだ。

 

私は、お姉さんからSuicaを受け取ったJINSに違和感を覚えた。

彼はSuicaに目もくれずお姉さんに釘付けだったのだ。

普通なら、「あ!すみません!」とか「ありがとうございます!」とか言うはずなのに、JINSは何も言わなかった。言葉にならなかったのだろう。

お姉さんは急いでいたようで、Suicaを渡してすぐに去ってしまった。

JINSはSuicaを受け取った姿勢のまま、動かないストリートパフォーマーのようにしばらく固まっていた。

 

私は改札に向かうエスカレーターにのりJINSの方を振り返ると、お礼言うの忘れた!という顔でお姉さんをキョロキョロ探していた。ひとしきり探したが、もういないか、と諦めてSuicaに目を落とした。

 

ほんの数秒、Suicaを見つめて、また顔をあげた。

その時のJINSの恍惚の表情が忘れられない。

彼の上から眩い光がさして、頭上に3人の天使が飛び回って、祝福の花が舞っていた。

 

恋に落ちたのだ。

初めて人が恋に落ちる瞬間を見た。

こんな嬉しそうな顔をするのか。子犬が初めて綿毛を見たような顔だった。

JINSはあのSuicaを捨てないだろうな、と思った。

私がエスカレーターを上りきり、JINSが見えなくなるまで、彼は一歩も動かずポーッとしていた。ポーッと上手だ。

 

すごくいいものを見た。すごくいいものを見たと思って気が晴れた。

JINSはあの駅に行くたびにあの女性を思い出すことだろう。

上京して初めて優しくしてくれた女性を甘酸っぱく思いながら、あのSuicaどこにやったかな、と当時大切にしまいすぎたSuicaを探すだろう。

 

そして私は子犬のようなJINS思い出す。JINSを思い出して、そろそろちゃんとメガネ作ったほうがいいよな、と思うのだ。

Suicaを拾えばメガネ屋が儲かる。